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「いったい何者?江戸の地図男!長久保赤水展」で日本人の領土観確認
東京日比谷公園隣内幸町んいある市政会館内領土・主権展示館で7月2日から8月4日までの期間開催されている「長久保赤水展」に足を運び赤水地図を学んできました。NHKなどでも特集され、伊能図と比較される赤水図ですが、その考え方は、単なる測量に基づく詳細地図ではなく、天文学的見地から地球規模で日本地図を位置づけ、緯度経度を記載し、既存の地理情報を集約し絶対位置を見出すことで限りなく正確な地図を編集したことにあります。その情報源となったのは、全国に散らばる清水ファン?(情報提供者たち)でした。さらに、地図を出版し、版を重ね、改定を重ねることで情報はさらに集まりより良い地図が完成したのでした。
この展示でいくつかのエピソードを発見しましたのでご紹介いたします。まず、光圀公発案の大日本史の中に6代藩主治保から地理誌編さんの命を受け取り組んでいます。大日本史を確認していないためこの機会に調査したいと思います。その役割を終えふるさと赤浜(現:高萩市)へ戻ると間もなく7月23日に81歳で亡くなりますが、その11日後、伊能忠敬の第2次測量隊が赤浜を通過し、忠敬の日記にはその思いが記されていました。また、水戸藩士藤田東湖を慕う長州の吉田松陰は当時度に欠かせない赤水図(小型携帯用トラベルマップ)を380文(現在価格で約4,560円)で購入し、「これがなくては不自由」と記録していました。赤水地図は、当然シーボルトも伊能図とともに入手しており、ロシアのレザノフはロシアに持ち帰りロシア語版を作成し活用しています。赤水地図は、日本の近代地図だったのです。